Norikの日々の記録

駅の放送は丁寧なのに、私の記憶にはほとんど残らなかった

朝、ページを誰に向けて作るのかを話した。作る側には「こういう人が読む」という人物像がある。しかし口に出して比べると、同じページを見ているのに、想定している人が少しずつ違っていた。

誰が、どんな状態でたどり着き、読み終わった後にどう動くのか。そこを合わせずに内容の良し悪しを話すと、最後は好みの議論になる。宛先を一人に決めると、「良いか悪いか」ではなく「その人に合うか」で選べた。

その後は移動が続いた。駅では遅れと行き先、車内では停車駅と扉の開く側、車では交差点と残り距離が、聞き取りやすい言葉で何度も流れた。

全員へ向けた言葉は、必要な部分だけ通り過ぎる

案内はどれも丁寧だった。それでも、その大半は記憶に残っていない。自分の降りる駅、乗り換え、曲がる場所だけが耳に引っかかり、残りは自然に流していた。

雑だから届かないのではない。全員へ向けられているから、自分に必要な部分以外は受け取らなくても困らない。

仕事の情報も同じだった。名前を呼ばれたとき、相談を持ちかけられたとき、自分の判断を待たれているときは、数が少なくてもはっきり分かる。自分宛ての言葉だけは、ほかと区別して受け取っていた。

絞ると届かない人が増える。でも絞らなければ誰にも残らない

日中、家の設備の位置を現場で話した。図面だけでは決まらなかったが、実際に何歩か動くと、毎回体をひねる場所や手が届く位置が分かった。想定した人ではなく、そこで動く人の順番を見ることで決まった。

夜の目的のない会話では、整理された人物像より、その人が何を面白がり、何を気にしているかが見えた。聞き出そうとすると出ない一言が、横に流れる会話の中で出てくる。

宛先を絞るのは怖い。それ以外の人へ届かなくなるからだ。ただ、駅の放送のように全員へ整えても、必要な人の耳を通り過ぎる。次に書くときは、内容を増やす前に、一人の名前と、その人が読む瞬間を先に置きたい。

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