Norikの日々の記録
2026年6月23日
きれいな説明より、言葉に詰まった人の本音が残った
同じような内容を、別の人が別の言い方で話す場面があった。届いたほうの説明は短く、最初に一枚の絵を置いていた。誰が何に困り、どう変わるのか。その絵があるので、後から入る情報にも置き場所があった。
自分の体験を入れる位置も違った。最初から体験談だけなら、その人だけの話になる。説明だけなら、なぜその人が言うのかが見えない。抽象的になったところへ短い体験を一つ入れた瞬間、場の空気が変わった。
一番届いたのは、順番が崩れた話だった
その日いちばん残ったのは、途中で言葉に詰まった人だった。取り繕わず、なぜここまで来たのかを短く話した。準備した順番は崩れていたのに、整った説明より聞く側との距離が近くなった。
受け取る側は、話が完璧かより、本気でやろうとしているかを見ている。整えることは必要だが、整えるほど「なぜやるのか」が薄くなれば、一番効く部分を削ってしまう。
私は、相手のためではなく自分のために整えていた
私は普段、崩れないように先に整える。相手のためだと思っていたが、崩れる自分が気持ち悪いからでもあると気づいた。
資料を見続ければ、相手がどこでわからなくなったかを見落とす。説明の形を守るより、聞いている人の顔を見る。多少順番が崩れても、軸を残す。この日は、うまく話せなかった場面から、そのことを受け取った。
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