Norikの日々の記録

三十分待つより、「あと何分かわからない」が疲れる

受付で用件を伝えると、案内する人が来るまで座って待つように言われた。長く待ったのかは、今もよくわからない。ただ、その日の中で一番長く感じた。

何かを始めるほどの時間があるのか、すぐ呼ばれるのかがわからない。中途半端に始めれば中断するので、結局何もせず時間だけを見る。待つことそのものより、見通しがないことが落ち着かなかった。

正確でなくても、幅がわかれば待てる

自分が誰かを待たせる側に立つとき、正確な時間を言えないから何も伝えないことがある。しかし、待つ側になってみると、「十分くらいです」のほうが、何も言われない三十分より楽だとわかった。多少外れても、時間の幅があれば、その間を自分で使える。

帰り道には、具体的な頼まれごとを一つ引き受けた。何を、いつまでに、どんな形で、が最初から入っていたので迷わなかった。依頼を受けるか迷うのは、内容が嫌だからではなく、終わりが見えないからということも多い。

疲れを残すのは、時間より未決の数

この日は、雨で予定が変わり、受付で待ち、説明に従い、確認される側に回った。自分で決めたことは少ない。それなのに、思ったほど疲れが残らなかった。

自分で決める日は、夜になって「あれでよかったか」が戻ってくる。待っている時間はその場では長いが、終われば引きずらない。疲れの正体は、使った時間より、抱えたままの未決の数ではないかと思った。

もちろん、決めない日を続ければ未決はたまる。この日は未決を増やさないために、待ち時間には幅を伝え、依頼には終わりを入れるという二つを持ち帰った。相手の負担を減らすのは、急がせることではなく、先を見えるようにすることだ。

関連:開業1年目にやることを順番に整理する(業務の確認)

「Norikの日々の記録」一覧へ戻る

関連:待たせ方の設計|「あと何分かわからない」が一番疲れる

週1回、その週の実践記録のまとめと、オンラインサロン(2026年10月開講)の先行案内をLINEでお送りしています。

LINEで友だち追加する

FacebookとInstagramでも、その日の記録を毎日お届けしています。