Norikの日々の記録

「全部自分のせい」は、「全部自分でやれ」ではなかった

朝、うまくいかないことがあれば、まず全部自分のせいだと思うところから始める、という話を聞いた。人のせいにした瞬間に判断が止まり、自分で引き受ければ次の手が出る。それが長い時間で大きな差になる、という内容だった。

正論だと思う一方で、しんどい話だとも思った。実際には自分の外側に原因があることも多い。それまで自分の中で「責任を引き受ける」と「自分で全部やる」が一緒になっていた。

相手が反対するのは、理解していないからとは限らない

午前中、公の場で賛成と反対が分かれる議論を聞いた。動かしたい側にはリスクを分散したい理由があり、動かしたくない側には守りたい積み重ねがある。どちらにも筋が通っていた。

交渉で相手が納得しないとき、「相手がわかっていない」と考えれば、こちらの手はなくなる。相手が何を守ろうとしているのか聞き出せていない、と置けば、次にすることが見える。説得する前に聞けばいい。

別の話では、具体的な数字が一つ出た瞬間に場の空気が変わった。「厳しい」「大変だ」では他人事だった人も、同じ数字を見れば、賛成でも反対でも同じテーブルで話せる。責任を引き受けるとは、こういう材料をこちらから出すことでもあると思った。

任せた結果も、渡し方を直せる側で受け取る

夜になって、朝の言葉を読み違えていたと気づいた。全部自分のせいにするとは、全部を自分の手でやることではない。人に任せた仕事がうまくいかなければ、相手を責めるのではなく、渡し方を直せる側に立つということだ。

記録を人の頭から外へ出す。手順を仕組みに渡す。数字を見せる。反対する理由を聞く。どれも、自分が次の手を打てる位置に残るためのやり方だった。

結果は引き受ける。ただし、作業はできるだけ人と仕組みに渡す。この二つは矛盾していなかった。むしろ両方を分けて考えたほうが、自分も周りも動きやすくなる。

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