少し立派に書かれた自分の紹介文を、実際の始まりへ戻した
朝、自分を紹介するために整えてもらった文章を読み返した。読みやすく、書いてあることも大きくは間違っていない。それでも、そこにいる人物は、実際の自分より少し立派で、迷いが少ないように見えた。
文章で受けた印象と、実際に会った人間が違えば、読む人は最初から認識を直さなければならない。そこで、いい文章かどうかではなく、この通りの人間として自分は振る舞えるかという基準で読み直した。
形になった日ではなく、迷い始めた日を起点にした
引っかかったのは、今の働き方をいつ始めたかという一行だった。文章では、事業がある程度形になった時点が始まりになっていた。短い期間で今の形を作ったように読める。
しかし私の感覚では、始まりはもっと前だ。勤め人としての生活を終えるかどうか迷い、まだ何も形になっていなかった時期から始まっている。そこを消すと、結果だけが残り、途中で迷った時間がなかったことになる。
時期を前へ戻すと、話は少し地味になる。それでも修正を頼んだ。読む人にとって必要なのは、出来上がった時点だけではない。まだ遅くないかと迷っている人には、私も迷っていた時点のほうが近いからだ。
言い切れば喜ばれる場面でも、条件を飛ばさない
午後には、ある建物を貸し出しに使えるかという電話があった。相手は「ここでもできますか」と、はっきりした答えを求めていた。
ただ、場所の区分や周辺の条件によって扱いが変わるため、その場で「できます」とは言えない。条件によります、だけで終わらせず、何を確認すれば判断へ進めるのかを順に伝えた。
朝の紹介文と、この電話は同じだった。言い切れば話は早く、聞いた側も一度は安心する。しかし実態より先まで言葉を進めると、後でその差を相手に背負わせることになる。少し地味でも、今の自分が実際にできることと、判断できる範囲へ言葉を戻す。そのほうが長く使える紹介になる。
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