Norikの日々の記録
2026年7月2日
案内される側になって、私の説明は途中から始まっていたと気づいた
午後、大きな施設の中を見せてもらった。時間も順路も決まっていて、私は完全に案内される側だった。どこまで入れるのか、何を撮ってよいのか、いつ終わるのかも知らない。
始まる前の説明は丁寧だった。全体の流れと所要時間、入れる区域、撮影できる範囲、飲み物の扱い。禁止事項を並べるのではなく、理由と一緒に話していた。
「立ち止まらないでください」の前に、理由があった
写真を撮るために立ち止まると、後ろの人の通行を妨げるので、歩きながら撮ってほしいと説明された。撮影そのものは禁じず、必要な部分だけを制限している。理由が先にあるので、命令されたのではなく、自分で納得して従えた。
飲み物も、原則は持ち込めないが、蓋のできるものは認められていた。そのうえで、暑いので水分を取るようにと言われた。制限を伝えながら、参加者への気遣いも一緒に置かれていた。
説明は、自分が言いたい順ではなかった
順番にも理由があった。最初に全体と所要時間、次に動ける境界、そのあとに細かなルール、困りそうなこと、最後に次に起こることの予告。参加者の不安が出る順に並んでいた。
私は説明するとき、自分が力を入れて考えた部分から話しやすい。相手も全体像を持っているつもりで、途中から始めてしまう。相手が黙って聞いていると、伝わったと勘違いする。
途中から加わった人には、案内役が同じ説明を最初から繰り返した。省略もしなかった。「一度言った」は、伝える側の記録であって、相手に伝わった証明ではない。
案内される側に立ったことで、わからない人が最初に欲しいものを体で理解できた。説明は、全体、境界、細部、気遣い、予告の順にする。内容を増やす前に、まずこの順番を自分の仕事でも試そうと思った。
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