飛行機では眠れるのに、絶叫系は怖い。その違いを考えた
移動中、乗り物の怖さが話題になりました。私は高いところから落ちる絶叫系の乗り物が苦手です。ところが飛行機には抵抗がなく、眠くなれば普通に眠れます。
どちらも、自分では動きを止められない乗り物です。それなのに、なぜ感じ方がこれほど違うのか。考えて最初に浮かんだのは、飛行機の整備や点検の光景でした。
安心しているのは、確率より確認の過程だった
車輪まわりの締め付け部分に印があり、ずれれば目で分かるようになっている。出発前には決められた手順で各部を確認し、空へ上がってからも機内だけでなく地上から状況を見ています。
私はそのすべてを自分で点検できるわけではありません。それでも、誰がどのように確かめているのか、その仕組みを知っています。異常を勘や経験だけで判断せず、目に見える印や複数の確認へ変えている。その積み重ねが見えるから、任せられるのだと思いました。
絶叫系が実際に危険だと言いたいわけではありません。安全だという数字を聞けば頭では納得できます。それでも体が怖がるのは、私には確認の過程が見えていないからなのだと思います。
「きちんとやった」だけでは、相手の不安は減らない
この気づきは、自分が仕事を任される側になった時にも返ってきます。こちらが丁寧に確認していても、その過程が相手から見えなければ、不安は残ります。
信用を得るために、実力を大きく見せる必要はありません。どこを確認し、何が分かり、何がまだ分からないのかを見えるようにする。飛行機に対して私が感じている安心は、その積み重ねから生まれていました。
安心とは「大丈夫です」と言われることではなく、大丈夫かどうかを確かめる仕組みが見えること。この日は、自分が飛行機で眠れる理由から、そんなことを考えました。
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