Norikの日々の記録

2026-09-13

五百円を返すか。決めたのは記憶ではなく記録

日曜の夕方、店の受付を任せている窓口から電話がありました。お客さんが両替機に五百円玉を入れたのに、両替されなかったと言っている。エラーは出ていない。そのあと千円札を入れたら、そちらは普通に両替できた。お客さんは返金を希望している。そういう連絡でした。

「本当に入れてるのかどうかもわからないですよね」

最初に口から出たのは、この一言でした。両替機は新しい五百円玉にも対応していますし、五百円玉以外のものを入れれば、そのまま下の口に出てきます。百円玉と間違えて入れたなら、百円玉が戻ってくるはずです。仕組みの上では、飲み込まれて何も出てこないということは起きにくい。

頭にあったのは、以前の一件でした。千円を入れたと言い続けるお客さんがいて、カメラを確かめたら、入れようとした千円をそのまま自分の財布にしまっていた。「人間って思い込みがあるじゃないですか」と、窓口の方にも話しています。

だから私の案は、確かめてもらうことでした。「もう一回入れてもらって、それでも出てこないって言うんだったら千円返しますけど」。返すかどうかは、もう一枚で決めればいい。そう考えていました。

比べていたのは、一件と一件でした

そこで窓口の方が、過去の受付を調べてくれました。六月ごろに、まったく同じ申し出があったそうです。別のお客さんで、五百円玉を入れたが両替されず、両替できる表示は出ていてエラーもない。続けて千円札を入れたら、それは普通に両替できた。細かいところまで、今日の話と同じでした。

これで比べる材料が変わりました。私が持ち出していたのは、記憶に残っている一件です。窓口が出してきたのは、記録に残っている一件でした。どちらも一件ですが、中身が違います。私の一件は、別の場面で別の勘違いがあったという話で、今日の申し出とは形が違う。記録の一件は、別の人が、同じ手順で、同じことが起きたと言っている。知らない者同士が同じ勘違いを同じ形で二回するより、機械の側に何かあると考えるほうが自然です。

「まあ、返金してもいいですけど」

そう言って、あとは窓口に任せました。もう一枚五百円玉を持っていれば入れてもらい、二枚とも飲み込まれたら千円を返す。持っていなければ五百円を返す。その条件でまとまりました。

正直に書くと、電話の最後には「全然、納得はしないすけど」とも言っています。今も、あのお客さんが本当に入れたのかは分かりません。ただ、分からないところを自分の記憶で埋めるのはやめました。

返金を求められたとき、疑うかどうかを、よく覚えている一件で決めない。先に記録を見て、同じ形の申し出があるかを確かめる。一件目なら確かめてもらう。二件目なら、相手より先に仕組みを疑う。次からこう決めます。

開業して最初の一年にも、同じ場面は来ます。振り込んだはずなのに確認できないと言われる、届いた物が説明と違うと言われる、予約したのに通っていないと言われる。一件目のとき判断を引っ張るのは、以前の嫌な経験や、人から聞いた話です。そして記録がなければ、二件目が来ても、それが二件目だと気づけません。

申し出を受けたら、その日のうちに一行だけ残してみてください。

「日付/お客さんが何をしたと言っているか/何が起きなかったか/そのあと何が普通にできたか」。

今回、六月の件と今日の件が同じ形だと分かったのは、この四つが揃って残っていたからでした。書いておけば、次に同じ申し出が来たとき、疑うか返すかを、記憶ではなく記録と照らして決められます。

いま手元にある疑いは、記録から来ていますか。それとも、一番よく覚えている一件から来ていますか。

関連:失敗したら、「次は何を先に確認するか」を一行残す

関連:記憶ではなく記録で決める|苦情と返金の判断材料

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