Norikの日々の記録
2026年4月19日
同じ説明を三度して、私が話したい順番を捨てた
朝、その日の予定を見ると、人と話す時間が何度も入っていた。相手も用件も違うが、中心にあるのは同じだった。自分の仕事を、まだよく知らない相手へ説明する。
話す内容は頭に入っているつもりだった。最初の相手には、専門的な言葉を避け、任せてもらった後に相手の手元から何がなくなるのかを説明した。
二度目は同じ順番で話し始めたが、相手が知りたいのは、任せた後ではなく、始めるまでの手順だった。私は仕上がりを話したい。相手は入口を聞きたい。うなずいていても、疑問を抱えたまま聞かせていた。
相手が止まっている場所から話すと、説明の三分の一が消えた
次の場面では、先に相手が今どこで止まっているのかを聞いた。そこから話し始めると、用意していた説明のかなりの部分を使わずに済んだ。不要なのではなく、その相手にはまだ早い部分だった。
同じ日に、検索している人が実際に使う言葉から文章を考える、という話を人にしていた。その最中に、自分も同じことができていなかったと気づいた。相手の言葉から始めるべきだと伝えながら、私は自分の言いたい順番から入っていた。
知っていることと、口が自然に動く順番は別だった。
繰り返すと、自分のために話していた部分が見える
一日の終わりには、説明が最初より短くなっていた。削れたのは、これまで何をしてきたか、どんな考えで仕事をしているかという、自分が言って安心したい部分だった。
反対に、何度話しても残ったことがある。任せた後に相手に何が残るのか。うまくいかなかったときに、こちらがどう動くのか。この二つを省くと、相手の表情が曇った。
一度の説明では、伝わったかどうかしか分からない。同じ話を相手を変えて繰り返すと、余分な言葉と芯が分かれてくる。次からは、説明を始める前に一つ聞く。「今、どこで止まっていますか」。私の順番は、その後でよい。
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