学ぶ側のつもりだったのに、気づけば説明する側に立っていた

この日を振り返ると、予定を伝え、数字を読み、いくつもの場面で説明する側に立っていました。自分からその役を選んだというより、気づけばその位置にいた感覚です。

以前から、準備が整ってから役割が来るのではなく、役割が先に来て、後から自分が追いつくことが何度もありました。学ぶ側のつもりで参加しても、いつの間にか教える側へ置かれます。

説明しようとすると、理解の穴が隠せない

教える側に立つと、自分が分かっていないところをごまかせません。頭の中では理解しているつもりでも、相手へ順番に話そうとすると言葉が止まります。その止まった場所が、自分の理解の穴です。

だから、説明する側へ置かれることは、強く学ばされることでもありました。役割が先に来たから調べ、言葉にし、足りない部分を埋めてきました。準備不足の不安はありましたが、準備が整うのを待っていたら身につかなかったものもあります。

説明に慣れるほど、「分からない」と言いにくくなる

一方で、いつも説明する側にいることには怖さもあります。答えることに慣れると、分からないと言う回数が減ります。知らないことまで、知っている形に整えて話したくなります。

この日、確定している予定だけを伝え、分からない日程は分からないまま残した場面がありました。全部を説明できる人に見せるより、確かな部分と未確定な部分を分けるほうが、あとで動きやすくなります。

説明することは、自分を大きく見せるためではありません。相手が次に動ける状態を作ることです。そのためなら「ここはまだ分からない」と言うのも説明の一部です。教える側に立ちながら、学ぶ側の感覚を失わないようにしたいと思いました。

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