Russia / Risk
ロシア危機を体験してから、安定を安易に信じなくなった
制度や通貨や景気は、いつもそこにあるもののように見えます。でも実際には、前提が一気に崩れることがあります。私はモスクワ赴任中にそれを体験しました。
この記事で分かること
- ロシア危機の体験がリスク感覚をどう変えたか
- 安定を過信しないことが、なぜ備えにつながるか
- お金、事業、人生を複線化する意味
結論
危機はニュースの向こう側で起きるものではない。実際に前提が崩れる場面を体験すると、人は一つの制度や一つの形に依存しすぎる危うさを本気で理解する。
モスクワ赴任中に、経済の前提が揺れた
1997年から1998年にかけてモスクワにいた時、超インフレ、デノミ、経済危機という流れを現地で経験した。後から振り返れば歴史の一場面かもしれないが、当時は生活や仕事の前提そのものが揺れている感覚だった。
日本にいると、制度や通貨の安定は半分空気のようなものだと思う。でも現地でその前提が崩れると、「絶対だと思っていたものは絶対ではない」という感覚が強く残る。
安定を信じるより、崩れた時に耐えられる方を考える
この体験以降、私は安定を前提に物事を見るより、崩れた時にどう耐えるかを考える方が現実的だと思うようになった。通貨、会社、制度、景気。どれも永久ではない。
だから、現金だけに頼らない。事業を持つ。資産を分散する。借りられる時に資金を確保する。家族に情報を残す。こうした行動は不安だからではなく、現実に起こりうる変化を見たからこそ出てきたものだ。
リスクを見る感覚は、投資にも経営にも効く
危機を体験すると、利回りや売上の見え方も変わる。数字がよく見えても、支える前提が弱ければ危ない。逆に、派手ではなくても、耐久性がある構造の方が長く残る。
私は不動産でも事業でも、最近の数字だけでなく、何が崩れたら苦しくなるかを見るようにしている。これは慎重すぎるというより、危機を見た人間として自然な感覚だと思っている。
危機体験は、悲観ではなく現実感をくれる
こういう話をすると、悲観的に見えるかもしれない。でも私の感覚では逆だ。危機を見たからこそ、何を備えればよいかが分かる。準備すべき対象も、分散の意味も、前よりはっきりする。
安定を信じることより、変化を前提にしておくこと。その方が、結果的には自由に動きやすい。ロシア危機の体験は、私にその現実感を残した。
こんな方に向いている考え方です
お金や事業を、楽観だけでなく耐久性の観点から見直したい方に向いています。
- 通貨、制度、会社を前提にしすぎることに不安がある
- 資産や事業の分散を、感覚ではなく体験ベースで考えたい
- 危機の時代に備える判断軸を持ちたい